ポイントまとめ
- NATOは防衛費目標をGDP比5%に大幅引き上げで合意した。
- トランプ米大統領の「応分の負担」を求める強い圧力が背景にある。
- 日本の防衛費議論や防衛関連産業に極めて大きな影響が及ぶことは必至だ。
- 加盟国間では巨額な財政負担への懸念や反対意見も根強く、一枚岩ではない。
関連銘柄はこれだ!
- 三菱重工業 (7011): 日本の防衛装備品契約で首位を走る最大手。
- 川崎重工業 (7012): 戦闘機や潜水艦を手掛ける防衛御三家の一角。
- IHI (7013): 航空エンジンに強みを持つ防衛御三家の一つ。
- 石川製作所 (6208): 機雷などの防衛機器を製造する専門メーカー。
- 日油 (4403): 防衛用の火薬類などを手掛ける化学メーカー。
- 豊和工業 (6203): 自衛隊に小銃などを供給する火器メーカー。
- 日本アビオニクス (6946): 防衛システム機器や赤外線装置に定評がある。
- 東京計器 (7721): 航法装置など防衛・通信機器を手掛ける。
NATOは防衛費目標をGDP比5%に大幅引き上げで合意した
025年6月25日、世界の安全保障の枠組みを揺るがす歴史的な決定が下されました。オランダのハーグで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、加盟32カ国は、各国の防衛費などを2035年までに国内総生産(GDP)比5%に引き上げるという新たな目標で合意したのです。
これは、2014年に設定された現行目標「GDP比2%以上」から、実に2.5倍もの大幅な引き上げを意味します。この決定は、欧州の安全保障環境がロシアのウクライナ侵攻によって根本的に変化したこと、そして何よりも米国のドナルド・トランプ大統領からの強烈な圧力の結果です

出典 ロイター
結論:世界は「防衛力増強」の新時代へ。日本も例外ではない
この決定の核心は、**「もはや米国の安全保障の傘に安住する時代は終わった」**という厳しい現実を、NATO加盟国、ひいては西側同盟国全体に突きつけた点にあります。
トランプ大統領はかねてより「欧州は米国の防衛力に不当に依存している」と批判し、「応分の負担」を強く求めてきました。彼の「GDP比5%」という要求は、多くの国にとって非現実的と見なされていましたが、ロシアの脅威が現実のものとなる中、ついに同盟の公式目標として採択されるに至ったのです。
この動きは、単に欧州だけの問題ではありません。米国はすでに、日本や韓国を含むアジアの同盟国に対しても、NATOと同水準の防衛費負担を求める姿勢を明確にしています。日本の安全保障政策と財政、そして関連産業は、この地殻変動とも言える変化の渦中に否応なく巻き込まれていくことになるでしょう。
なぜ「5%」なのか?その驚くべき内訳と戦略

「GDP比5%」と聞くと、その全てが戦車や戦闘機の購入に充てられるようなイメージを持つかもしれません。しかし、今回の合意内容はより戦略的で、巧妙な構造になっています。
この5%という目標は、2つのカテゴリーに分かれています
中核的防衛費:3.5%
これは、従来の「防衛費」の定義に近いもので、軍隊の人件費、兵器や装備品の調達・維持、研究開発などが含まれます。これだけでも現行の2%目標を大幅に上回る野心的な水準です。NATOは最近、加盟国全体で防空・ミサイル防衛能力を現在の5倍に増強する方針を打ち出しており、この3.5%という数字は、そうした具体的な軍事力増強計画に基づいて算出されています。
防衛・安全保障関連投資:1.5%
こちらが今回の合意の「ミソ」と言える部分です。ここには、より広範な安全保障への貢献が含まれます。
- インフラ整備: 戦車や部隊が迅速に移動できるよう、道路、橋、港湾、空港などを軍事基準に合わせて改修・強化する費用。
- サイバー・ハイブリッド防衛: サイバー攻撃や偽情報への対策、重要インフラ(エネルギーパイプラインなど)の防護。
- 社会全体のレジリエンス: 民間の防衛準備や、有事に社会機能を維持するための投資。
- ウクライナへの軍事支援: ウクライナへ直接提供する兵器や資金も、この関連投資としてカウントすることが認められています。
この柔軟な枠組みは、各国が自国の事情に合わせて投資分野を選べるようにする狙いがあり、強硬な「5%」要求に対する一種の妥協案とも言えます。NATOのルッテ事務総長が提示したこの分割案は、加盟国の合意を取り付ける上で「ゲームチェンジャーだった」と評価されています。
全員賛成ではない?NATO内に渦巻く不協和音と「スペイン問題」
しかし、この歴史的合意の裏で、NATO内には深刻な亀裂も生じています。最大の課題は、やはり巨額の財政負担です。
特に、南欧諸国を中心に反発が強く、その筆頭がスペインです。スペインのサンチェス首相は、首脳会議に先立ち「5%目標は中間層への増税や社会保障の削減なしには達成不可能だ」として、自国を目標の対象から除外するよう公式に要求しました。2024年時点でスペインの防衛費はGDP比1.3%未満と、加盟国の中でも最低水準であり、目標達成への道のりは極めて険しいのが実情です。
この「スペイン問題」は、NATOが抱えるジレンマを象徴しています。ロシアの脅威を最も身近に感じるポーランド(GDP比4%超を支出)のような東欧諸国と、地理的に離れ、脅威認識に温度差がある南欧諸国との間の溝は深いのです。
最終的に、目標達成期限は当初案の2032年から2035年へと先送りされ、2029年には進捗状況をレビューする機会が設けられました。これは、反対国への配慮と、目標達成の困難さを物語っています。
さらに、米国自身の立ち位置も不透明です。トランプ大統領は「彼ら(欧州)は払うべきだが、我々は払わなくてもいい」と公言しており、米国がこの合意に縛られるかは疑問視されています
関連銘柄はこれだ!世界的な軍拡競争で注目される日本の企業群
NATOの防衛費5%目標採択は、世界の防衛産業にとって未曾有の追い風となります。年間で数百兆円規模の新たな需要が生まれる可能性があり、その恩恵は日本の防衛関連企業にも及ぶと期待されています。株式市場では、このニュースを受けて関連銘柄が軒並み上昇しました。
三菱重工業 (7011)
日本の防衛産業のガリバーであり、まさに本命中の本命です。戦闘機、護衛艦、潜水艦、ミサイルなど、陸海空のあらゆる分野で防衛省との契約実績トップを誇ります。2024年3月期の防衛・宇宙事業の受注高は前期比3.4倍の約1.9兆円に達するなど、すでに業績は急拡大しています。世界的な需要増は、同社の輸出機会の拡大にも繋がる可能性があります。
川崎重工業 (7012) & IHI (7013)
三菱重工と並び「防衛御三家」と称される企業です。川崎重工は潜水艦や輸送機、IHIは航空機エンジンに強みを持ち、日本の防衛力の根幹を支えています。これらの企業も、防衛予算の増額から直接的な恩恵を受けると見られています。
火器・弾薬・特殊車両メーカー
- 豊和工業 (6203): 自衛隊の主力小銃である20式小銃などを製造する火器メーカーです。
- 日油 (4403): 弾薬に使われる火薬やロケットの固体推進薬などを手掛ける化学メーカーで、防衛分野の利益率が高いことで知られます。
- 石川製作所 (6208): 海の安全を守る機雷を主力製品とする、ニッチながら重要な企業です。
電子・システム関連メーカー
- 日本アビオニクス (6946): 戦闘機などに搭載される電子機器や、監視用の赤外線装置などを製造しています。
- 東京計器 (7721): 航空機や艦船の航法システム、防衛・通信機器などを手掛けています。
- 三菱電機 (6503): レーダーやミサイルの誘導システムなど、ハイテク分野で高い技術力を誇ります。
これらの銘柄は、日本の防衛費増額だけでなく、世界的な安全保障環境の変化という大きな潮流に乗る可能性を秘めています。
最近のニュース&材料:対岸の火事ではない、日本への直接的影響

今回のNATOの決定が日本にとって最も重要なのは、これが**「明日は我が身」**であるという点です。米国はすでに、その矛先をアジアの同盟国にも向けています。
米国からの「GDP比5%」要求と日本の防衛政策
米国防総省は、NATO首脳会議に先立ち、「アジア太平洋の同盟国が欧州の国防費水準に速やかに追いつくのは当たり前だ」と表明し、日本や韓国などに対し、防衛費をGDP比5%まで引き上げるべきだとの認識を示しました。これは、急速な軍備増強を進める中国や、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への対抗を念頭に置いたものです。
日本政府は2022年末に策定した国家安全保障戦略に基づき、2027年度までに防衛費と関連経費を合わせてGDP比2%に到達させる計画を進めています。しかし、NATOが「5%」という新たな基準を打ち立てたことで、2028年度以降、日本に対するさらなる増額圧力がかかることは避けられないでしょう。
実際に、英紙フィナンシャル・タイムズなどは、米政府が日本に対し、非公式に防衛費をGDP比3.5%まで引き上げるよう具体的な数値目標を打診したと報じています。日本政府は公式にはこの報道を否定していますが、水面下での交渉や圧力は今後ますます強まると考えられます。
アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)での攻防
シンガポールで毎年開催されるアジア安全保障会議でも、このテーマは中心的な議題となっています。米国の国防長官は、同盟国に対して防衛負担の増額を直接的に要求する一方、中国は米国の動きを「アジアにNATOのような軍事ブロックを作ろうとするものだ」と激しく非難しており、米中間の緊張は高まるばかりです。
日本は、この米中の覇権争いの最前線に立たされています。米国との同盟関係を維持・強化するためには、防衛費の増額要求に一定程度応えざるを得ない一方、それは巨額の財政負担と、近隣諸国との緊張激化というリスクを伴います。日本の政治と社会は、これから極めて困難な選択を迫られることになります。
よくある質問(FAQ)
- なぜNATOは急に防衛費目標をGDP比5%に引き上げたのですか?
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主な理由は2つあります。第一に、2022年からのロシアによるウクライナ全面侵攻により、欧州の安全保障環境が劇的に悪化し、ロシアの脅威が現実のものとなったことです。第二に、米国のトランプ大統領が長年にわたり、欧州同盟国の防衛費負担が少なすぎると批判し、「GDP比5%」という具体的な目標を強く要求してきたためです。この2つの要因が重なり、歴史的な目標引き上げへと繋がりました。
- 5%の内訳はどのようになっていますか?
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5%は2つの部分から構成されています。まず、兵器や部隊の維持など従来の防衛費にあたる「中核的防衛費」が3.5%。そして、軍事利用を想定したインフラ整備、サイバー防衛、ウクライナ支援など、より広範な「防衛・安全保障関連投資」が1.5%です。この柔軟な定義が、各国の合意形成を後押しした側面があります。
- すべての加盟国がこの5%目標を達成できるのでしょうか?
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非常に困難だと考えられています。特に、財政状況が厳しい南欧諸国などからは強い反発が出ています。スペインは公然と「達成は不可能」と表明し、目標からの除外を求めました。現行の2%目標すら達成できていない国も多く、2035年という期限までに全加盟国が5%を達成できるかは極めて不透明です。
- この決定は日本にどのような影響を与えますか?
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極めて大きな影響があります。米国はすでに日本を含むアジアの同盟国にもNATOと同水準の防衛費負担を求めています。日本は現在、2027年度にGDP比2%を目指していますが、NATOの5%目標が新たな「世界標準」とされることで、さらなる増額圧力がかかることは必至です。日本の安全保障政策や財政計画は、根本的な見直しを迫られる可能性があります。
- この決定で、かえって戦争のリスクが高まることはありませんか?
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それは重要な論点です。NATO側の主張は、防衛力を抜本的に強化することでロシアの侵略を抑止し、戦争を防ぐという「力による平和」の考え方に基づいています。しかし、見方を変えれば、これは世界的な軍拡競争を加速させることにも繋がりかねません。軍事的な緊張が高まることで、偶発的な衝突のリスクが増大するとの懸念も専門家の間では指摘されています。
- 日本の防衛関連株は、今後も上昇し続けるのでしょうか?
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世界的な防衛費増額の流れは、日本の防衛産業にとって大きなビジネスチャンスであり、株価への期待感は高いです。しかし、株価はすでに期待を織り込んで大きく上昇している側面もあります。今後の株価動向は、実際に日本の防衛予算がどこまで増額されるか、そして企業が具体的な受注をどれだけ獲得できるかにかかっています。各国の財政状況や政治情勢にも左右されるため、楽観は禁物です。
- トランプ大統領はなぜこれほどまでに「5%」にこだわるのですか?
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彼の持論である「アメリカ・ファースト」の理念が根底にあります。彼は、米国が世界の警察官として過大な負担を強いられている一方、同盟国、特に経済的に豊かな欧州諸国が安全保障に「ただ乗り」していると考えています。同盟国に応分の負担を求めることで、米国の財政的・軍事的負担を軽減し、その成果を国内の支持者へアピールする狙いがあります。今回の合意は、彼にとって大きな外交的勝利と見なされています。
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